おこた》ってきた。主人はその時|厠《かわや》に往った。と、俄かに狐兵があらわれて、弓を張って主人を取り囲んで乱射した。矢が臀《しり》にあつまってきた。主人は大いに懼れて叫んだので、家の者がかけつけて主人を救けて戦った。そこで狐は遁げて往った。矢を抜いてみると蒿《よもぎ》のとげであった。
こんなことで一ヶ月あまりを費した。狐の害はそれほどでもなかったが、いつどんなことをするかも判らないので警戒をおこたらなかった。主人はそれが厭でたまらなかった。
ある日胡が兵士を率いてきた。主人は出て往って胡の方を見た。胡はそれを見ると兵士の中にかくれた。主人は、
「胡先生、胡先生」
と言って呼んだ。胡はしかたなしに出てきた。主人は、
「僕は先生に礼を失していないのに、なぜ僕の家を攻撃します」
と言った。狐兵が弓を張って主人を射ようとした。胡はそれを止めた。主人は近くに往ってその手を握った。そして胡のいた斎《へや》へ伴《つ》れてきて、酒を飲みながら話した。その時主人は従容《しょうよう》として言った。
「先生は達人だから、了解してくださるだろうと思いますが、私は先生と家の児の結婚は好みません、それは先生の乗物も住居も、人とおんなじでないから、児が結婚したにしても先生の所にいられないことは先生も御存じだろうと思います、そのうえ諺にも瓜と果物の青いのは口に適しないということがあります、先生だってもらってくださるのは厭でしょう」
胡はひどく慙じた。主人が言った。
「先生が僕を見棄てないなら、僕の家に十五になる男の児があります、先生の方にどなたかありますなら、迎えたいと思いますが、先生の方に年比《としごろ》の方がないでしょうか」
胡は喜んで言った。
「僕に年のゆかない妹があります、公子より一つ年下です、ひどく馬鹿でもありませんから、さしあげたいと思いますが、如何でしょうか」
主人は起って拝礼した。胡も答礼した。そこで新たに杯を交換して歓び、前の仲違いは忘れてしまった。そして主人は酒肴をならべて胡の従者一同をねぎろうた。主人はそれから胡の住居を訊いて結納をおくろうとしたが胡が辞退した。そして胡は夜になって酔って帰って往った。
それから狐の害もなくなって富豪の家も安心した。そして一年あまりになったが、胡はこなかった。ある人は胡が嘘を言ったのではないかと言ったが、主人は疑わないで待って
前へ
次へ
全4ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング