《かみ》さん」
 お滝はきっと眼を開けて老婆の姿を見ると口を尖らした。
「煩いよ、何故此処へ来て邪魔をするのだね、彼方へお出でよ」
「まいりますがね、お媽さんの心地《きもち》は、何ともありませんか」
「煩いったら煩いよ、彼方へお出でよ」
 老婆はしかたなしに引返して来た。茶の間には新一が老婆の帰って来るのを待っていた。
「お母《っか》さんはどうしているの」
「睡っていたのですが、やっぱりおかしいのですよ」
「おかしいって、どうなのだ」
「やっぱり昨夜のように、彼方へ往けって、私を怒ったのですよ」
「そうかい、ヘんだなあ」
 昼飯になったところでお滝が室を出て来ないので老婆はまた呼びに往った。お滝は坐って何か考えているような容《ふう》をしていた。
「お媽さん、御飯はいかがでございます」
 お滝は顔をあげて老婆の方をちょと見てからまた俯向いた。
「いらないよ」
 老婆は困ってしまった。
「でも、すこしおあがりになっては」
「いらないと云ったらいらないよ」
「でも、御飯をおあがりにならないと、お体のために悪うございますよ、では、此処へ持って来ときますから、何時でも好い時にあがってくださいよ」
前へ 次へ
全30ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング