色をしていることであった。新一は昨夜の母の挙動を口に出して云うことができなかった。
 飯が済むとお滝は表座敷へ入って往ったが、障子も襖もぴったり締めてしまって、外からはすこしも見えないようにして坐っていた。老婆と新一はいよいよ常事《ただごと》でないと思って心配しながら囁き合った。
「姨《おば》さん、お母《っか》さんはへんだね」
「そうでございますよ、どうもへんですよ、昨夜のことと云い、へんな男が襖を開けずに入って来たり、おかしいのですよ」
「何だろうね」
「どうも人間じゃないのですよ」
「なんだろう」
「そうねえ、しかし、たしかに人間じゃありませんよ、人間なら、襖を開けるなり、戸を開けるなりしますよ」
「お父《とっ》さんが早く帰ってくれると、好いなあ」
「そうでございますよ、旦那様さえ早く帰ってくださるなら、どうかなるのでしょうが」
「そうだ、お父さんが帰ってくれると、好いなあ」

       三

 その後で老婆はお滝の体の工合を聞こうと思って室《へや》の中へ入った。室の中ではお滝が肘枕をして仮睡《うたたね》をしていた。老婆は吃驚させないように小さな声で云った。
「もし、もし、お媽
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