るだろう」
「さあ」
 朝になって老婆が起きてみると、お滝は皆の起きないうちに起きて顔を洗ったと見えて、表座敷へ鏡台や化粧道具を持ち込んで顔に白粉を塗っていた。
 やがて朝飯が出来たがお滝が来ないので、老婆はまたお滝の室《へや》へ飯を持って往こうと思って容子を見に往った。きれいに化粧をしたお滝が、夜具の上に腹這《はらば》いになって寝ていた。
「お媽《かみ》さん、御飯が出来ました」
 お滝は返事をしなかった。
「此処へ持ってまいりましょうか」
「煩いったら煩いよ、余計なことをお云いでないよ」
 老婆は云っても駄目だと思ったので膳を持って来て置いて往った。

       四

 お滝は表座敷からどうしても出て来なかった。老婆や新一が思いだして覗いてみると敷きっぱなしにしてある夜具の中に包《くるま》っていたり、時とすると夜具の上に腹這いになって何か独言を云っていることもあった。老婆はしかたなしに午飯を持って往った。
 その後で老婆は新一と庖厨《かって》で午飯を喫《く》った。新一は飯を喫いながら云った。
「姨《おば》さん何だろうね、お母《っか》さんの処へ来るのは」
「さあね、私にゃ判らないが
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