た箱の中へ手をやって一握りの物種を取りだした。人形はそれを耕地の上へ蒔いた。
青い物の芽が簇々《ぞくぞく》と生えてそれが茎になり葉になった。それは蕎麦《そば》であった。白い花がすぐ開いた。赤い茎がそれと映り合った。やがて花が落ちて黒い実が一面に見えてきた。婆さんは箱の中から小さな鎌を出した。人形はその鎌を持って蕎麦を刈った。刈る一方から実を落した。
七八升の実が婆さんの前に置かれた。婆さんはその実を隅の石臼《いしうす》の処へ持って往ってそれを入れて挽いた。蕎麦は小半時《こはんとき》もかかると粉になってしまった。婆さんはその粉を篩《ふるい》にかけて粕《かす》を除《と》り、それがすむと人形をはじめ農具を箱の中へ入れてしまった。
もう耕されていた畑ももとのとおりになっていた。婆さんは白い粉を水で煉ってそれを餅に円めた。八個ばかりの餅が出来た。季和はその餅はどうするだろうと思って眼を放さなかった。
餅が出来てしまうと婆さんは、その餅を見てにっと笑いながら燈火を持って出て往った。後は真暗になってしまった。季和は寝床の上へ戻りながら奇怪なこともあればあるものだ、全体あの餅をどうするだろうと
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