るので、家の横手へ往って戸の隙から中を窺いてみた。
七人の旅人は卓に向きあってその餅を旨そうに喫っていた。そして、間もなく餅がなくなってしまった。旅人の中にはもう二人ほど牀《こしかけ》から起ちあがった者があった。べつに怪しいこともなさそうだと季和は思った。と、腰をあげた二人の旅人が急にひっくり覆《かえ》って身悶えした。他の旅人も続いてばたばたとひっくり覆った。季和は眼を瞠《みは》った。驢馬の鳴声が続いて起った。六七疋の驢馬が卓のまわりに立って旅人の姿はもう見えなかった。
驢馬は室の中を歩きだした。婆さんが鞭を持ってきて、その驢馬を叩き叩き裏口の方へ通じた扉を開けて外へ追い出して往った。
季和は東都からの帰りに再び三娘子の家へ往った。彼が不思議なことを見せられている婆さんの処へ往ったのは考えがあったからだ。
「これは、いつかのお客さんでございますか、ようこそお寄りくださいました」
婆さんは愛嬌《あいきょう》を見せながら季和を迎えて前《さき》に来ていた二三人の客といっしょに夕飯を喫わせた。
その晩も五六人の旅人があった。飯がすむと皆がいっしょの室へ入って寝た。考えを持っている季和は寝たふりをして夜具にくるまっていた。
間もなく婆さんが火を取りにきて、室の中は真暗になった。季和は眼を開けて次の室の方へ注意した。と、一時ばかりして荒壁の隙から明りが見えだした。季和は蒲団から這い出てまた壁の隙から隣の室を窺いた。婆さんが竈の前に坐って、傍の箱から人形を出しているところであった。
季和は嘲りながら見ていた。婆さんはまた指を組み合せて人形の方に向って祈をはじめた。祈がすむと水桶の水を哺《ふく》んで人形に吹きかけた。人形が動きだして畑を造え、それから種を蒔き、蕎麦が生え、蕎麦の実を粉にすると、人形を箱にしまい、その後で五個の餅を造えた。
朝になって五人の者は入口の室へ往った。五個の餅が卓の上に置いてあった。婆さんは傍へきてそれを皆にすすめた。季和は別に懐に一個《ひとつ》の餅を持っていた。彼はその餅を出して、婆さんの出してきた餅と取り換えるようにしながら、その実取り換えずに婆さんの出した餅を婆さんの前へ出した。
「これは、私が昨日路で買ってきた餅ですが、私は温かいのを御馳走になりますからあげます、あがってごらんなさい、ちょっと旨いですよ」
「そうですか、それは、どう
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