って喫《く》った。
食事がすむと皆が一緒になって次の室へ往って寝た。室の中には燈火が一つ点いていた。食事の時から話していた話をそこへまで持ってきて、大声で話しあっていた男の声もやがて聞えなくなった。鼾《いびき》の声があっちこっちに聞えてきた。
季和は眼が冴えて睡れなかった。彼は右枕になってみたり、左枕になってみたりして身体を動かしていた。扉《と》を開ける音がして何人《だれ》かが入ってきた。それは婆さんであった。婆さんは皆の寝姿を一通り見ておいて、燈火を持って往こうとした。婆さんの眼と季和の眼が合った。
「早くお寝みなさいよ、よく寝ないと、明日苦しいから」
季和はちょっと頷いて見せた。婆さんは出て往った。後は真暗になってしまった。季和は早く睡ろうと思って無理に眼を閉《つむ》って、何も考えないようにして睡ろう睡ろうとしたが、そんなことをするとなおさら睡れない。半時《はんとき》あまりもそんなにしていたが、苦しくてしかたがないのでまた左枕に枕を変えた。
ぶつぶつと言うような声が聞えた。それは隣の室からであった。そこは荒壁になっていて土の崩れた壁の穴から隣の室の燈火が滲みだしたように漏れて見えた。季和はどんな者が隣にいるだろうかとちょっとした好奇心を動かした。彼は寝床から這いだして壁の穴から窺《のぞ》いてみた。
不思議な光景が季和の眼に映った。竈《へっつい》の前に坐った婆さんが、六七寸ばかりある木の人形を二個《ふたつ》前に置いて、それに向って両手の指を胸の処で組み合せてまじないでもするようにしていた。季和は変なことをするものだと思って眼もひかずに見ていた。
婆さんは祈をすました。祈がすむと起ちあがって、傍にあった水桶から杓《ひしゃく》を取り、その水を一口飲んで人形に吹きかけた。人形は人の形をしたのと牛の形をしたのとであった。
人形に水をかけてどうするだろうと季和は思った。そう思って季和が人形に注意を向けたときであった。今まで横になっていた人形が魂の入ったようにむくむくと動きだした。すると、婆さんは傍にあった小さな箱の中へ手をやって、小さな鍬《くわ》や鋤《すき》の形をした物を出して前に置いた。
季和は体が硬ばったようになった。人形はその鋤を牛につけ、その牛を走らしてそのまわりを耕しはじめた。牛の後で人形は鍬を持った。まわりは見る見る耕地になって往った。婆さんはま
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