義猫の塚
田中貢太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)遠州《えんしゅう》
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 遠州《えんしゅう》の御前崎《おまえざき》に西林院《せいりんいん》と云う寺があった。住職はいたって慈悲深い男であったが、ある風波の激しい日、難船でもありはしないかと思って外へ出てみた。すると、すぐ眼の下になった怒濤《どとう》の中に、船の破片らしい一枚の板に一匹の子猫がしがみついているのが見える。そこで住職は山をかけおりて漁師の家へ往って、
「可哀そうだから、たすけてやってくれ」
 と云ったが、風波が激しいので何人《たれ》一人舟を出そうとする者がなかった。すると住職は、
「それでは舟をかしてくれ」
 と云って、自ら舟を出そうとするので、漁師たちも住職の真剣な態度に動かされて、とうとう舟を出して其の猫を救った。そうして猫は西林院に飼われるようになったが、住職の云うことをよく聞きわけるので、住職も非常に可愛がった。
 それから十年してのことであった。それは春のことであったが、其処《そこ》の寺男が縁側で仮睡《うたたね》をしていると、小さなみゃあみゃあと云うような変な話声が聞えて来た
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