いる者であった。お種と母親は表座敷に行灯《あんどん》を点けて麻をつないでいた。伝蔵は竹の簀子を敷いた縁側にあがって、その背の高いがっしりした体を見せていた。伝蔵は角力が上手で二見潟と云う名乗を持っていたが、体に似合わないおとなしい壮佼《わかいしゅ》であった。
「お種さんは、今晩うかん顔をしておるが、どうした」
伝蔵は白い※[#「女+朱」、第3水準1−15−80]《きれい》な顔をうっとりとさして麻をつないでいるお種の方を見た。
「うウ」
お種はそう云ったばかりで伝蔵のほうを見向きもしなかった。
「お種はよっぽど、どうかしておるよ」
母親は伝蔵の顔を見て云った。平生《いつも》であったら伝蔵がこうして仕事の帰りに寄ると、お種は、
「もうすこしおってもいいじゃないか」
と、云って夜おそくまで引止めて話すのが常であった。
「どうしたろう」
「この二三日、どうもおかしい」
伝蔵は母親と暫く話していたが、どうしてもお種が対手にならないので、淋しそうな顔をして帰って往った。
翌朝になってお種が一二枚の洗濯物を持って出かけようとするので、裏の納屋の口で麦の穂をこいていた母親が止めた。
「一枚二枚はめんどうじゃないか、明日またいっしょに洗うたらいいじゃないか」
「いっしょになったらうるさい、洗うてくる」
「お前がうるさいなら、わしが洗うてやる、今日はやすんだら、どう、麦を刈る時分は時候がわるい、やすんだらいいじゃないか」
「ついでに洗うてくる」
母親は強いて止めずに思うとおりさしておくがいいと思った。
「それなら洗うて来た、はようもどったよ」
「あい」
お種は眼だたないように化粧をして常服《ふだんぎ》ではあるが新らしい衣服《きもの》に着かえていた。母親はふとそれに眼をつけて何かしら不安を感じた。
「はようもどったよ」
「あい」
お種はものに引き寄せられるようにして出て往った。母親はその後を見送って考え込んでいたが、そうしてもいられないので急いで麦の穂をこきだした。母親はそうして麦をこいているうちにもお種のことが気になるので、半時ばかりして往ってみた。
お種は洗濯物を平生《いつも》の処へ浸したままで姿が見えなかった。母親は驚いてそのあたりを探して歩いたが、何処にもお種はいなかった。野には稲の一番草を除《と》っている者もあれば麦を刈っている者もあった。母親は附近にいる
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