「そうか」
「それに、一昨日《おととい》も昨日も負傷《けが》はしましたが、石の破片《かけら》が眼に入ったとか、生爪を剥《は》がしたとか、鎚で手を打ったとか、大した事もございませざったが、今日はあんな事が出来ましたから、皆《みんな》が怕がって仕事が手につきません。私も傍におりましたが、二人で礁の頂上へあがって玄翁《げんのう》で破《わ》っておるうちに、どうした機《はずみ》かあれと云う間に、二人は玄翁を揮《ふ》り落すなり、転び落ちまして、あんな事になりましたが、銀六の方は、どうも生命《いのち》があぶのうございます」
「どうも可哀そうな事をしたが、あれには両親があるか」
「婆《ばんば》と女房と、子供が一人ございます」
「田畑《でんぱた》でもあるか」
「猫の額《ひたい》ぐらい菜園畑があるだけで、平生《いつも》は漁師をしておりますから」
「そうか、それは可哀そうじゃ、後《あと》が立ちゆくようにしてやらんといかんが、それはまあ後の事じゃ、とにかく本人の生命を取りとめてやらんといかん」
「そうでございます」
「それから、一方の手を折った方は、あれは生命に異状はなかろう」
「あれは、安田の柔術の先生に
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