かかりゃ、一箇月もかからんと思います」
「しかし、可哀そうじゃ、大事にしてやれ、何かの事はつごうよく取りはかろうてやる」
「どうもありがとうございます」
 権兵衛は其の眼を港の口の方へやった。其処には釜の形をした大きな岩礁が小山のように聳《そび》えたっていたが、人夫の影はなかった。
「それでは往こうか」
 権兵衛は歩きだした。松蔵と総之丞は其の後から往った。

       三

 権兵衛は釜礁《かまばえ》の上の方へ往った。人夫たちは釜礁を離れて其の右側の大半砕いてある礁の根元を砕いていた。其処には赤|泥《どろ》んだ膝まで来る潮《うしお》があった。
 どっかん、どっかん、どっかん。
 権兵衛は右側の礁にかかっている人夫だちの方を見ていたが、やがて其の眼を松蔵へやった。
「松蔵」
「へい」
 松蔵は権兵衛に並ぶようにして前へ出た。権兵衛は屹《きっ》となった。
「松蔵、岩から血が出るの、小坊主が出るのと云うのは、迷信と云うもので、そんな事はないが、神様は在る。神様はお在りになるが、神様は決して邪《よこしま》な事はなさらない、神様は吾われ人間に恵みをたれて、人間の為よかれとお守りくだされる。
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