ゃないか」
「何人《たれ》かにお聞きになりましたか」
「聞いたと云う理《わけ》でもないが、釜礁の事じゃろう」
「そうでございますよ」それから権兵衛を見て「旦那様はお聞きになっておりますか」
 権兵衛は頷《うなず》いた。
「今、総之丞から聞いたが、何か確乎《しっかり》した事を見た者でもあるか」
「乃公《おら》が見たと云う者はありませんが、妙な事を云いますよ」
「どんな事を云っておる」
「取りとめのない事でございますが、礁へ石鑿《いしのみ》を打ちこむと、血が出たとか、前日《まえのひ》に欠いであった処が、翌日《あくるひ》往くと、元の通りになっておったとか、何人《たれ》かが夜遅く酔《よっ》ぱらって、此の上を歩いておると、話声がするから、声のする方へ往ってみると、彼《あ》の礁の上に小坊主が五六人おって、何か理の解らん事を云っておるから、大声をすると河獺《かわうそ》が水の中へ入るように、ぴょんぴょんと飛びこんだとか、いろいろの事を云いまして」
「うむ」
「それに二三日、負傷《けが》をする者がありますから、猶更《なおさら》、此の礁は竜王様がおるとか、竜王様の惜《おし》みがかかっておるとか申しまして」
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