こちら》でもよろしゅうございますが、銀六の方は、安田《やすだ》へ往かんと手当ができませんから、いっその事、二人を伴れて往かそうと思いますが」
「そうか、それがええ、それでは早いがええ」
「そうでございます」松蔵はそこで気が注《つ》いて、「それでは、早う往け、安吾《やすご》さんは役所へ寄って、早川《はやかわ》さんから名刺《なふだ》をもろうて往くがええ」
安吾と云うのは後《うしろ》の方にいた。それは六十近い痩《や》せた老人《としより》であった。
「ええとも、それじゃ、往こうか」
安吾の声で一行は歩きだした。権兵衛はじっとそれを見送った。松蔵は権兵衛の方へぴったりと寄った。
「旦那」
松蔵の声は外聞を憚《はばか》ることでもあるように小さかった。
「うむ」
「妙な事を云う者がございますよ」
「どんな事じゃ」
「どんなと云いまして、妙な事でございますが、旦那はお聞きになっておりませんか」
傍には総之丞の顔があった。松蔵は総之丞へ眼をやった。
「武市の旦那は、お聞きになりませんか」
総之丞は好奇《ものずき》らしい眼をした。
「あれじゃないか」
「あれとは、あれでございますか」
「礁の事じ
前へ
次へ
全31ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング