みたって下へおりて往った。総之丞はじめ五六人の下僚《したやく》が来ていた。総之丞は前へ出た。
「一木殿お疲れでございましょう、さあ、どうぞお食事を」
「飯は後でええ、此処をかたづけてくれ」
 そこで総之丞はじめ下僚は幔幕を畳み、祭壇の始末をはじめた。権兵衛は釜礁の方を見おろしていた。
 釜礁の方には、もうどっかんどっかんの音が盛に起っていた。それに交ってじゃりじゃりじゃりと砂を掘る音も聞えて来た。笊《ざる》と簣《あじか》の群はまた蟻のように陸《おか》へ往来《ゆきき》をはじめた。
 空には何時の間にか鰯雲《いわしぐも》が出て、それが網の目のように行当岬の方へ流れていた。その時釜礁の方に当って歓声があがった。それは仕事の上の喜びにあがった歓声のようであった。権兵衛はじっと眼を見すえた。石を砕く音がやんで、其処には数人の者が手をあげて、はしゃいでいるのが見られた。
 どっかんどっかんの音はまた聞えだした。権兵衛はやはり釜礁の方を見ていた。と、また其処から歓声があがった。今井|武太夫《ぶだゆう》と云う老年《としより》の下僚《したやく》が傍へ来た。
「あれは何でございましょう」
 武太夫は視力が
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