鎧武者は」
 権兵衛は腰にさしている軍扇をさっと拡げた。それは赤い日の丸の扇であった。
「来い」
 人夫たちは権兵衛と云う事を知ったので安心して傍へ寄った。権兵衛は凛《りん》とした顔をした。
「皆《みんな》よく聞け、拙者は此の釜礁が割れないから、己《じぶん》の身を竜王様に献《たてまつ》って、何時《いつ》なんどき此の生命《いのち》をお取りくだされてもかまいませんから、釜礁を一刻も早く取り除《の》けるようにしてくだされと、昨夜《ゆうべ》の八時《いつつ》すぎから一睡もせずにお願《がん》をこめたから、其の方たちにはもうおかまいがない」
 人夫たちの中に囁《ささやき》が起った。権兵衛は呼吸を調えた。
「それに殿様も、此の普請を御心配なされて、昨日、御微行でお成りになったから、今日は此処へ御検分にお成りになる。それで皆《みんな》も気をいれかえて、新らしい気もちになってかかれ、決して其の方たちにお咎めはない、お咎めがあれば拙者《せっしゃ》じゃ」
 人夫たちの眼は活《いき》いきとした。権兵衛は軍扇を揮《ふ》った。
「それでは、かかれ、かかれ」
 人夫たちはわっ[#「わっ」に傍点]と歓声をあげながら、勇
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