鈍いので遠くが見えなかった。権兵衛はそれを知っていた。
「礁がうまく除《と》れておるじゃないか」
「そうでございますか、それは結構なことでございます」
「うむ」
二人の人夫が石垣を這《は》ってあがって来た。組頭の松蔵とこれも組頭の一人の寅太郎《とらたろう》の二人であった。松蔵はにこにこしていた。
「旦那、神様のお蔭がございますよ」
「そうか、割れるか」
「どんどん割れます、今、鬨《とき》の声があがりましたろう」
「あがった」
「あれでございますよ、最初なんか、児鯨《こくじら》ほどの物が割れましたよ」
「児鯨はぎょうさんなが、そうか、そうか、それはよかった」
「此のむきなら、十日もやれば、割れてしまいますよ」
「大きな礁じゃ、そう早くもいくまいが、緒口《いとぐち》が立てば大丈夫じゃ」
六
権兵衛は二番鶏を聞いて起きた。其の晩は夕凪《ゆうなぎ》で風がすこしもなかったので、寝苦しくておちおち眠れなかったが、室津を引きあげる事になっているので、努めて起きて朝食を食うなり出発した。
外はまだ微暗《うすぐら》かったが、さすがに大気は冷えていた。権兵衛は二匹の馬に手荷物を積み
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