組みして考えこんだ。廊下へ武次がどかどかと来た。
「旦那、湯が沸いたが」
権兵衛は顔をあげた。
「湯か」
「後がつかえるから、早《はよ》う入ってもらいたいが」
「俺は今日は、入らん、今井《いまい》さんに入れと云え」
「殿様が来ておるに、湯に入って垢《あか》を落とせばええに」
武次はまだ何か云いながら往ってしまった。権兵衛は口元に苦笑をからめたが、すぐまた考えこんだ。
その時浜の方で法螺《ほら》の音がしはじめた。人夫に仕事を措《お》かす合図であった。仕事を措いた人夫が囂囂《がやがや》云いながらあがって来た。人夫は地元の者もあれば、隣村の者もあり、また遠くから来て小舎掛をして住んでいる者もあった。
五
間もなく夜になった。其の夜は月がないので暗かった。其の夜の八時《いつつ》すぎになって堰堤の突端に松明の火が燃えだした。其処には明珍長門家政《みょうちんながといえまさ》作の甲冑《かっちゅう》を著《つ》けて錦の小袴を穿《は》き、それに相州行光《そうしゅうゆきみつ》作の太刀を佩《は》いた権兵衛|政利《まさとし》が、海の方に向けてしつらえた祭壇の前にひざまずいていた。そして
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