った。
「権兵衛、精出して池を掘れ」
権兵衛が驚いて挨拶しようとした時には、馬はもう走っていた。権兵衛を追って来て遠くの方に控えていた総之丞が其の時寄って来た。
「殿様は、どうなされました」
権兵衛は何も云わなかった。
四
権兵衛は普請役場の内にある己《じぶん》の室《へや》にいた。其処は八畳位の畳も敷き障子も入っているが、壁は板囲の山小舎のような室であった。そして、室の一方には蒲団を畳んで積み、衣類を入れた葛籠《つづら》を置き、鎧櫃《よろいびつ》を置き、三尺ばかりの狭い床には天照大神宮《てんしょうだいじんぐう》の軸をかけて、其の下に真新しい榊《さかき》をさした徳利を置いてあった。権兵衛は其の床の前の小机の傍にいた。其の小机には半紙を二枚折にした横綴《よことじ》の帳面を数冊載せてあった。
権兵衛は思い詰めた顔をして考えこんでいたが、やがて何か考えついたようにして手を鳴らした。するとすぐ近くで返事があって、廊下にした板の間へ顔を出した者があった。磯山清吉《いそやませいきち》と云う下僚《したやく》で壮《わか》い小兵《こがら》な男であった。
「お呼びになりましたか」
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