るから、食べておいて、後を取つて行くが好い、」
 それは青や赤の色をつけた碁石の形をした西洋菓子であつた。少年はそれをぼつぼつ撮みはじめた。
「源ちやんは、家へ来る、」
「来ないよ、」
 少年の心はもう菓子ばかりになつてゐた。お高は考へ込んでしまつた。

 少年が帰つた後でお高は横に寝そべつて面長の片頬を片手にささへてゐた。網の目のやうな黒い影が体一面にもつれかかつて何処を見ても明るい凉しいものは見えなかつた。彼はどうかしてその中から出よう出ようと苦しんでゐた。
 ……黄色になりかけた麦や青青とした桑畑の緑が何処かにちらちらと動いて来た。人家の屋根が見え砂利を敷いた村の路が見えたかと思ふと、淡竹の垣根をした藁葺の小家の裏口が其所にあつた土間へ履物を脱いてそつとあがりながら見ると、男は何時も寝てゐるアンペラを敷いた室に、汚い浅黄の蒲団をかけて俯向きになつてゐた。
「源ちやん、源ちやん」
 男は睡つてゐるのか返事もしなければ顔もあげない。やつと睡つてをるものを起しては病気のためによくないと思つたのでそのまゝ黙つて見てゐた。耳のあたりから首筋が真黒になつてそれがげつそりと痩せてゐる、枕元には
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