着物のことは何も云はなかつた、」
「着物は、明後日でないと出来ないから、出来次第、お母が持つて来ると云つてたよ、」
「さう、その他に、何もことづけはなかつた、」
「何も云はなかつたよ、……源吉さんが病気だ、」
「どんな病気、何時から、」
「昨日の晩から妙な病気になつて、たはことを云つてると、お母が云つたよ、」
「たはことつて、どんなことを云つてるだらう、熱でもあるだらうか、」
「人夫から戻つて、仕事もせずに、酒ばかり飲んで、のらこいてるから、何か悪い物にとツツかれたものだらうと、お母が云つたよ、」
 お高の顔に曇がかゝつた。
「源吉さんは、この頃、人の寝た後にも、お宮の中を歩いたり、海の方へ来たり、馬鹿のやうに、ひよいひよい歩いてるから、狐にでもとツツかれたもんだよ、」
「お前も、源ちやんの歩いてるところを、見たことがある、」
「俺は見ない、お母や、前の小母さんが話しをしたよ、」
 お高はふと気をそらした。
「さうさう、好いお菓子がある、お前が来たらあげやうと思つてた、」
 お高はかう云つて立ちあがつて次の室へ這入つて行つたが、黒い丸い鑵を持つて来て口を開け開け坐つた。
「皆お前にあげ
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