は内へ這入つた。源吉は小さな声で云つた。
「お高、」
「源ちやん、」
 源吉は扉に触つて音を立てないやうにとそつと中へ這入つた。
 女の姿は直ぐ右傍の小松のやうな木立の下にあつた。赤味のある月の光が其処にあつた。源吉は女の傍へと行つた。
「お高、」
 源吉は懐かしさうに云つてまともにその顔を見た。顔の青い眼の光る赤い一尺ほどの舌をだらりと垂れた奇怪な顔であつた。源吉は眼光がくらむやうになつて逃げ走つた。

          二

 お高は読んでゐた講談本を伏せて横膝を正しながら縁先へ来て立つた少年の顔に親しい笑い顔を見せた。
「ちつとも来ないから、姉さんは心配してたよ、」
 庭の先には花壇があつて、チユウリツプや桜草などが綺麗に咲いて、午後の赤味の強い陽が其処にあつた。
「こんなだと、戸外は暑いだらうね、さあ、おあがりよ、今日は、旦那も御留守だから、遠慮はいらない、おあがりよ、」
 少年は恥かしさうにして冠つてゐた学校帽を脱いて、もぢ/\してゐたがそれでも草履を脱いであがり、室の敷居際へ行つてその敷居に腰をかけて縁側の方へ斜に両足を投げ出した。
「母さんから、何かことづけはなかつた、
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