土鍋に入れたお粥や膳を置いてあるが、病人が手をつけないのか、茶碗も汚れてゐなければ、小皿に盛つた味噌もそのまゝになつてゐる。
「小父さんの所から、誰かが来て、世話をしてゐるのか、それとも西隣のお松婆アさんでも来て、見てくれるだらうか、本当に可愛想だ、」
 男は不意に顔をあげて何処を見るともなく眼をきよときよとさした。
「なる程、芳夫の云ふ通り、おかしな病気にかゝつてる、これはどうかしないといけない、」と相談しようと思つて声をかけやうとしてゐると不意に男の眼が光つた。男はうなり声を立てた。
「貴様は、あの怪物か、やつて来たな、」
「私は、お高ですよ、気を沈めておくれ、」
 悲しくて泣きたいのをじつと忍へた。
「怪物だ、怪物だ、俺を悩ましにやつて来たな、」
 男は恐ろしい顔して睨み詰めた。
「源ちやん、源ちやん、気を確に持つておくれ、お高だよ、」
「そのお高が怪物だ、一昨日の晩、正体を見届けた、怪物奴、」
「怪物ぢやないよ、お高だよ、気を確に持つておくれよ」
「まだそんなことを云ふか、怪物奴、」
「まア、お前さんは、」
 男は獣のやうに飛びあがつた。
「この怪物奴、」
 お高は自分の立てた
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