し付けてしまはう、」
 女は執拗く源吉に寄りそつた。……源吉は気がつくとびつくりしたやうに裏門の前を離れ、海岸の方へ通じてゐる赤土を敷いた路へと折れて行つた。
 重どろんだ波の音がして雲にぼかされた月の光が海岸を靄立たして見えた。源吉は浜防風のあぎた砂山の踏みごたへのしない砂を踏んでゐた。
 砂山をおりると松原の暗い路が来た。蜘蛛の足を張つたやうな松の根が其処此処に浮き出てゐた。源吉はその松の根をよけ/\歩いた。
 暗い松の蔭の先に赤土の路が見えた。路の左右には桑畑が灰色になつてゐた。その見付には土手の間になつた裏門の扉が見えた。それは生暖かな天気の狂ひを思はせるやうな晩であつた。源吉はまだ何処かに人の足音がしはしないかと注意したのであつた。しかし間遠く鳴く波の音ばかりで足音らしいものは聞えなかつた。彼はまた安心したやうに歩き出した。
 源吉の足は直ぐ止つてしまつた。
「どうも男らしくないぞ、去年、あれと別れた時に、男らしいことを云つて、さつさつと樺太へ行つておきながら、この様はどうだ、もう今晩で、四晩も五晩も、人の眼を盗んで、そつとこの別荘の傍へやつて来てゐる、何のためにやつて来た、
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