つた。さう思つてから彼は苦笑した。
……暗い森の中で二人は大きな松の幹に凭れて泣いてゐた。
「芳松を一人前の男にしてやるためだ、お前も諦めろ、好いか、家のことを忘れてはならんぞ、」
「で、源ちやんは、どうする、」
「どうするもんか、俺も今云つたやうに、樺太へ人夫に雇はれて行く、」
「何時行くの、」
「明日の朝、一番の馬車で、停車場まで行くことにして、馬車屋へ行つて、もう約束をして来た、」
「私も一緒に行きたい、行つては悪い?」
「連れて行つて好いやうなら、お前の家のことを思はないなら、どんなことでもして、お前と一緒になる、それも芳公さへなけりや、どうでも好いが、芳公が可愛想だ、俺も諦めた、お前も諦めろ好いか、家のためぢや、つまらん気を出してはいかんぞ、」
「あい、」
「では、もう別れよう、俺は池の傍を通つて帰る、お前は鳥居を抜けて行くが好い、」
女は源吉をつかまへて離さうとはしなかつた。
「源ちやん、」
「なんだ、」
「源ちやん、」
「もう好い、何も云ふな、綺麗に別れよう、」
源吉はその手を無理に押しのけるやうにした。
「源ちやん、」
「よし、判つた、云ふな、もう何事も心の中に押
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