……赤い月が唐黍の広い葉に射してゐた。唐黍畑の先には草葺の低い軒があつて、貰ひ湯に来ている人がびしやびしやと湯の音をさしてゐた。唐黍畑の間を通つて貰ひ湯から帰つて来る女を待つてゐて、その湯でほてつた細そりした手首を握り締めた。
「小母さんも、芳さんもゐなかつたやうだが、何所かへ行つたかね、」
「お母さんは、芳を連れて、林さんとこの、たのもしに行つたよ、ちよつと帰りやしないから家へお出でよ、」
「行つても好いが、また帰つて来て、厭味を云はれるからね、」
「大丈夫よ、」
「その大丈夫が、時々大丈夫ぢやないぢやないか、」
「ではどうする、」
「氏神さんの方へ行かう、彼所なら、ゆつくり話が出来る、」
「何時かのやうに、若衆に見付かりはしない、」
「大丈夫だよ、」
 二人は手を取り合つて歩いた。……
 源吉の体は別荘の裏門の前まで来てゐた土手と土手との間に穴倉の入口のやうな感じのする裏門の扉が見えると彼の暖かな思ひ出は消えてしまつた。彼は悲しさうな顔をして扉を見詰めて止つた。
 ……青黒い太い顔をした口元に金の光る男が見えるやうな気がした。源吉はその男をびしびしと足元に踏みにじつてやりたか
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