ら歩いてゐた。一度破損した頭は三年間の病院生活にも癒つてゐなかつた。彼はぼうとした気持ちになつてゐた。さうした彼の眼は唐黍の葉に行き桑の葉に行き畑の端の人家の屋根に行き黄色な雲の浮んだ空にと行つた。二声三声鳴いた牛の声は耳に入らなかつた。
村の本通に出て荒物屋の前へ行つた時、中から一人の老婆が四合ビンに酒のやうなものを買つて出て来たが、出合頭に源吉と顔を見合はした。源吉にはその老婆の顔が何人であるのかちよつと思ひ出せなかつたが、老婆の方には直ぐ判つたのか茶色の眼を光らして突つかゝるやうに進んで来た。
「やい源吉ぢやないか、どの面さげて帰つて来た、この鬼、畜生、」
源吉は驚いて眼を見張つた。
「何人だ、お高さんとこのおつ母か、」
「よく覚えてるな、畜生、鬼、何の恨みがあつてお高を殺したんだ、云つてみろ」
老婆はもう涙声になつてゐた。源吉は驚いて口をもぐもぐさした。
「この鬼、畜生、何の恨みがあつてお高を殺した、さア云へ、その恨みを云へ、」
「小母さん、お前は何を云ふんだ、俺がお高さんを殺した、」
「白ばくれるな、その手でお上を欺したらう、本当なら、手前は人を殺したから殺される所だが
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