、大変です、助けてください、」
「夢だよ、夢だよ、夢を見てゐるから、起きるが好い、」
「助けてください、助けてください、殺しに来たんですよ、殺しに、」
「夢だよ、夢だよ、夢を見てゐるんだよ、それ、夢だから覚めるが好い、」
 女は男に取り縋つた手を緩めた。
「夢だよ、夢を見てゐたんだ、誰が殺しに来るもんか、」
「夢でせうか、」
「夢だよ、誰に追つかけられたんだ、」
 女はちよつと黙つてゐた。
「誰やら判らないが、変な男に、殺すと云つて追つかけられたんですよ、私が怪物だから、」
 男は笑ひ出した。
 二人は間もなく眠つたが眠つてゐる中に、何か物音が耳についたので青黒い顔の男がふと眼を開けた。傍に寝てゐる女の枕元に一人の男が突立つてそれが右の手に刃物を持つてゐた。ランプの光りはその刃先を染めた恐ろしい血の色を見せた。
 青黒い顔の男は大声をたてながら蚊帳の外へ飛び出して逃げた。

          三

 源吉は桑と唐黍との間に挾まつた小路を歩いてゐた。陽が入つたばかりの西の空には黄色な夕映が残つて頭の上に二三羽の燕が低く飛んでゐた。
 源吉は生れて初めて見る土地のやうにしてあたりを見なが
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