お露を尋ねて往くわけにもゆかないので、志丈の来るのを待っていたところで、伴蔵が来て釣に誘うので、せめて外からでも飯島の別荘の容子《ようす》を見ようと思って、其の朝|神田昌平橋《かんだしょうへいばし》の船宿から漁師を雇って来たところであった。
 新三郎は其のうちに酔って眠ってしまった。伴蔵は日の暮れるまで釣っていたが、新三郎があまり起きないので、
「旦那、お風をひきますよ」
 と云って起した。新三郎はそこで起きて陸《おか》へ眼をやると、二重の建仁寺垣があって耳門《くぐりもん》が見えていた。それは確に飯島の別荘のようであるから、
「伴蔵、ちょっと此処《ここ》へつけてくれ、往ってくる処《ところ》があるから」
 と云って船を著《つ》けさして、陸《おか》へあがり、耳門《くぐり》の方へ往って中の容子を伺っていたが、耳門の扉が開いているようであるから思いきって中へ入った。そして、一度来て中の方角は判っているので、赤松の生えた泉水の縁《へり》について往くと、其処に瀟洒《しょうしゃ》な四畳半の室《へや》があって、蚊帳《かや》を釣り其処《そこ》にお露が蒼《あお》い顔をして坐っていた。新三郎は跫音《あしおと
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