ににっと笑って花をいじりながら入っていった。それは上元の日に遭った彼の女であった。王はひどく喜んで、すぐ入っていきたいと思ったが、姨《おば》の名も知らなければ往復したこともないので、何といって入っていっていいかその口実《こうじつ》がみつからなかった。そうかといって門内に訊《き》くような人もいないので訊くこともできなかった。王は仕方なしに朝から夕方まで、石に腰をかけたりその辺を歩いたりして、その家に入ってゆく手がかりを探していたので、ひもじいことも忘れていた。その時彼の女が時どき半面をあらわして窺《のぞ》きに来て王がそこにいつもいるのを不審がるようであった。夕方になって一人の老婆が杖にすがって出て来て王にいった。
「どこの若旦那だね。朝から来ていなさるそうだが、何をしておりなさる。ひもじいことはないかね。」
王は急いで起《た》ってお辞儀して、
「私は親類を見舞おうと思って、来ているのです。」
といったが、老婆は耳が遠いので聞えなかった。そこで王はまた大きな声でいった。それはやっと聞こえたと見えて、
「親類は何という苗字だね。」
といったが、王は苗字を知らないので返事ができなかった。
前へ
次へ
全25ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング