、呉の家の僕《げなん》が呉を呼びに来て伴《つ》れていった。王は野に出て遊んでいる女の多いのを見て、興にまかせて独りで遊び歩いた。
 一人の女《むすめ》が婢《じょちゅう》を伴《つ》れて、枝に着いた梅の花をいじりながら歩いていた。それは珍らしい佳《い》い容色《きりょう》で、その笑うさまは手に掬《すく》ってとりたいほどであった。王はじっと見詰めて、相手から厭《いや》がられるということも忘れていた。女は二足三足ゆき過ぎてから婢を振りかえって、
「この人の眼は、ぎょろぎょろしてて、盗賊《どろぼう》みたいね。」
 といって、花を地べたに打っちゃり、笑いながらいってしまった。王はその花を拾ったが悲しくて泣きたいような気になって立っていた。そして魂のぬけた人のようになって怏怏《おうおう》として帰ったが、家へ帰ると花を枕の底にしまって、うつぶしになって寝たきりものもいわなければ食事もしなかった。
 母親は心配して祈祷《きとう》したりまじないをしたりしたが、王の容態はますます悪くなるばかりで、体もげっそり瘠《や》せてしまった。医師が診察して薬を飲まして病気を外に発散させると、ぼんやりとして物に迷ったように
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