なった。母親はその理由《わけ》を聞こうと思って、
「お前、どうしたの。お母さんには遠慮がいらないから、いってごらんよ。お前の良いようにしてあげるから。」
 といって優しく訊《き》いても黙って返事をしなかった。そこへ呉が遊びに来た。母親は呉に悴《せがれ》の秘密をそっと聞いてくれと頼んだ。そこで呉は王の室へ入っていった。王は呉が寝台の前に来ると涙を流した。呉は寝台に寄り添うて慰めながら、
「君は何か苦しいことがあるようだが、僕にだけいってくれたまえ。力になるよ。」
 といって訊いた。王はそこで、
「君と散歩に出た日にね。」
 というようなことを前おきにして、精《くわ》しく事実を話して、
「どうか心配してくれたまえ。」
 といった。呉は笑って、
「君も馬鹿だなあ、そんなことはなんでもないじゃないか。僕が代って探してみよう。野を歩いている女だから、きっと家柄の女じゃないよ。もし、まだ許嫁《いいなづけ》がなかったなら、なんでもないし、許嫁があるにしても、たくさん賄賂をつかえば、はかりごとは遂《と》げられるよ。まァそれよりか病気をなおしたまえ、この事は僕がきっと良いようにして見せるから。」
 といった。王はこれを聞くと口を開けて笑った。
 呉はそこで王の室を出て母親に知らせた。母親は呉と相談して女の居所を探したが、名もわからなければ家もわからないので、その年恰好の容色の佳い女のいそうな家を聞きあわして、それからそれと索《さが》してもどうしても解らなかった。母親はそれを心配したがどうすることもできなかった。
 そして王の方は、呉が帰ってから顔色が晴ばれとして来て、食事もやっとできるようになった。
 二、三日して呉が再び来た。王は待ちかねていたのですぐ問うた。
「君、あの事はどうだったかね。」
 呉はほんとうの事がいえないので、でたらめをいった。
「よかったよ。僕はまただれかと思ったら、僕の姑《おば》の女《むすめ》さ、すなわち君の従妹じゃないか。ちょうどもらい手を探していたところだよ。身内で結婚する嫌いはあるが、わけをいえば纏《まと》まらないことはないよ。」
 王は喜びを顔にあらわして訊いた。
「家はどこだろう。」
 呉はまた口から出まかせにいった。
「西南の山の中だよ。ここから三十里あまりだ。」
 王はまたそこで呉に幾度も幾度も頼んだ。
「ほんとに頼むよ。いいかね。」
「いいとも
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