、左へ曲つて行くと、寺がありますね、その寺について右に曲つて行くと、もう寺の塀が無くならうとする所に、右に入つて行く露次があるがね、その露次の突きあたりだよ、北村つて云ひます、」
お菊さんはもしかするとあの北村さんの家ではないかと思つた。
「北村さん、宜しうございます、お料理は何に致しませう、」
「魚のフライと、他に一ツなんでも好いから見つくろつておくれよ、家の旦那は時々此方へ来るさうだ、」
果して北村さんであつた。お菊さんはちよつと気まりが悪るかつた。お菊さんはその晩は出前の番であつた。
「魚のフライに、お見つくろいが二品、あはして三品でございますね、」
「さうだよ、早く持つて来ておくれよ、旦那が、今晩は外へ出るのもおつくうだから、家であがるつて待つてるからね、」
老婆はそのまゝひよろひよろとするやうに出て行つた。お菊さんは勝手の方へ行かうとしたが、学生やお幸ちやんに顔を見られるやうな気がした。
「お目出たう、針工場さん、」
お幸ちやんに手をかけてゐた学生が笑つた。
お菊さんは耳門を入ると、右の手に持つてゐた岡持を左の手に持ちかへて、玄関の方を注意した。青醒めたやうな光が
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