腕を見せてくれ」
飯田は傍に立っている部下の一人に云った。僧はそれを聞くとぴくとしたようにして俯向いた。飯田はそれをちらと見た。部下は女の後手にせられた右の手に己《じぶん》の手をかけて、二の腕にかかった袖を捲った。黒い小さな爪形の傷痕があった。
「よし、判った、その僧を打ち据えろ、女のことに就いて何か白状させろ」
と、飯田が云った。玄関口に腰をかけていた部下は、手にしていた銃を持って僧の傍へ往って、その台尻で背を撲りつけた。
「白状しろ」
僧は苦痛を忍えていたがやがて倒れかけた。この拍子に俯向いてうっとりとなっていた女が顔をあげてきょろきょろしていたが、やがてぱっちりと眼をあけたようにして四方《あたり》を見廻し、そして、飯田の顔を見ると、
「あなたは」
と、叫んで涙を流した。飯田はたしかに妻の声を聞いたのであった。飯田はおりて往った。
「お前はお高じゃないか」
女は前に来た飯田に顔を差し出してその胸にすがるようにした。
「お前はどうして此処へ来た」
女はまたきょろきょろと四辺《あたり》を見た。僧は軍士に撲られて倒れていた。
「此処は何処でございましょう、私はどうしております
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