笑つた。
お幸ちやんは振り返つた。
「馬鹿にしてゐるわ、森山さん、覚えてらつしやいよ、」
お幸ちやんはかう云ひ云ひ暖簾の口へ行つて正宗を通したが、傍にゐる綺麗な顔の客の方へ心が行つてゐるので気が落ちつかなかつた。そしてそはそはして振り向いたが、妙にきまりが悪いので呼ばれもしないのにその傍へ行けなかつた。その客を斜に見おろすやうにしてうつとりとなり、右の手の指で軽くかはるがはるツンツンとテーブルの上を打つた。
綺麗な顔の客は料理を食べてゐた。そして皆無にしてホークを置いた。お幸ちやんは何かもう少し注文してゆつくりしてゐてくれれば好いがと思つて、その口から注文の出るのを待つてゐた。と綺麗な顔の客はホークを置くと三分の一くらゐ残つてゐたビールに口をつけて、それを置くとお幸ちやんの顔を見あげた。
「いくら、」
この間も料理一皿とナマ一杯で帰つて行つたこの方は、あまり飲んだり食べたりする方ではないらしい。
「お早いぢやありませんか、どうぞごゆつくり、」
「これから、ちよいちよいやつて来るよ、」
「どうかお願ひ致します、」
お幸ちやんは首を傾げておつとりした容で料理と酒の勘定をした。
「
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