ルのビンを持つてゐた。お幸ちやんは料理の皿を直ぐ綺麗な顔の客の前へ置いた。
「お待遠様でございました、」
客はナマのコツプを持つてゐた。
「有難う、」
お幸ちやんは客の左の手に眼をやつた。左の手はもうテーブルの上に置いて掌をうつむけてゐた。
「蝶はどうなさいました、」
客はお幸ちやんの顔をぢつと斜に見上げて、突いてゐた左の手をあげ、それで右の袂をちよいと押へて見せた。
「可哀想だから、帰りに逃がしてやらうと思つて、此所へ、ね、」
「まあ、」
お幸ちやんの眼は輝いた。
「おい、おい、酒はどうしたんだ、」
浪花節の若衆がテーブルの上を一つドンと敲いた。お幸ちやんは急いでその前へと行つた。
「お幸ちやん、お幸ちやん、酒だ、酒だよ、」
三人連のテーブルの所で大きな声が起つた。次のテーブルで太つた男と話してゐたお菊さんが其所へ行つた。
「なあに、お酒、お酒をつけるの、」
「お前さんぢやねえや、お幸ちやんだ、」
「随分だわ、ね、私だつて好いぢやないの、」
「いけねえ、あのお嬢さんのよそ行の恰好が見たいんだ、」
その客は何か体を動かして、身振りをするやうな風で、お幸ちやんの口真似をして
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