を両隅から中ほど目がけて飾り付けてあつた。短冊形の沢山の小旗は煽風機の風でひらひらと躍つてゐた。蛾はその小旗の傍を苦しさうに飛んだ。
「蛾さ、蝶ぢやないよ、」
三人の客の相手をしてゐたお菊さんは、汚いその蛾を捕るつもりで手を頭の上で振つた。綺麗な顔の客は後向きに仰向いて黙つてお菊さんの手の傍を飛んでゐる蛾を見てゐた。
蛾はお菊さんの手の傍から遠退いて浪花節の若衆の頭の上の方へと飛んで行つた。お菊さんは口惜しさうに追つて行つた。
「やい、畜生、やい、どうだ、」
お菊さんが笑ひながら動かす手の傍を蛾が苦しさうに飛んだ。お幸ちやんはナマを入れたコツプを手にして暖簾の下から顔を出した。綺麗な顔の客がそれと一緒に立ちあがつた。
「俺が逃がしてやらう、さう邪見にするなよ、」
蛾はひらひらと綺麗な顔の客のさしのべた手に入つて来た。お幸ちやんの眼はその客の掌に入れた蛾に行つた。……気まぐれな梅雨の空が午時分からからりと晴れて、白い眩しい陽の光が夕方まで通路の上に光つてゐたが八時頃からまた降り出した。その雨に驚いてすぐ傍の停留場からでも駈け込んで来たらしい容で小柄な綺麗なその男が入つて来た。麦藁
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