テンの先には内から射した電燈の光を受けて糸のやうな雨が降つてゐた。
「山田さん、家へお入りなさいよ、人が見るぢやありませんか、」
内からお菊さんが大きな声をした。
「人が見たつて好いさ、別に違つたことをするんぢやないよ、」
童顔の男は笑ひながら左隅の軒下へ行つて、五分近くもゐてからのつそりと入つて来た。
「あの杉は、もう見込みがないぜ、俺がこんなにまでしても、芽を出さないのだ、」
お菊さんは代のソーダ水を持つて来たところであつた。丁度その時、浪花節の若衆がかすれた声を止めて扇を放り出すやうに置いた。もう勘定をすましてゐた会社員はいきなりそれを手にして、連と一緒に笑ひ笑ひ出て行つた。
浪花節の若衆の前には四五本のビールの罎があつた。彼はまたビールのコップを[#「コップを」はママ]手にしたが、疲れたのか左の肱をテーブルの端にぐつしよりとつけて凭れた。と、小柄な男が蛇の目傘を畳みながら入つて来た。
「いらつしやいまし、」
会社員の一行を出口まで送つて行つたお幸ちやんがお愛想を云つた。それはその前々夜やつて来た柔和な綺麗な顔をした何所かの若旦那とでも云ふやうな男で、白絣の上に鉄色の絽
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