八畳のあつさりした室の一方は床になつて、草書の大字を書いた軸がかゝり、その前の置き花生けには燕子花のやうな草花がさしてあつた。その床の右並びに黒い小さな机があつて五六冊の本が積んであつた。
 男は机の傍から水色の蒲団を持つて来て室の中程へ置いた。
「お坐り、誰も遠慮する者はない、」
 お幸ちやんはもぢもぢして立つてゐたが坐らないわけに行かないのでその傍へ行つて坐つた。男はその時、机の前にあつた自分の平生敷いてゐるらしい赤い蒲団を取つて来てその前に置いて坐つた。
「蒲団を敷くが好いぢやないか、蒲団を敷いたつて、敷かなかつたつて、座敷料は同じだよ、」
 男は笑つてお幸ちやんの顔を見た。お幸ちやんは口元に手をやつて笑つた。
「さあ、敷くが好いだらう、」
 お幸ちやんはやつと蒲団の上にずりあがるやうにした。
「茶は出さないよ、面倒だから、その代りこんなものがある、」
 男は立つて一方の押し入れの方へ行つた。
「もうなにも宜しうございます、直ぐお暇いたしますから、」
「あんたの家のやうな御馳走ではないが、ちよいと好いもんだよ、花から取つた物だと云ふんだ、」
 男は押し入を開けて三角になつた
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