で行くのが気まりが悪いので、後から一間ばかり離れて行つた。そして歩きながら誰か知つた人に会ひはしないかと思つて注意してゐたが、二人ばかりの者と行き合つたが別に知つた顔でもなかつた。
「さあ、此所からおりるよ、直ぐこの坂の中程だ、」
 小さな坂のおり口があつて左側の角に電燈が一つ点いてゐた。其所には何んとか云ふお屋敷の黒板塀が続いてゐた。綺麗な顔の男はその塀に沿うておりた。その坂は中程から右に折れ曲つてゐた。その右の曲角あたりに生垣の垣根があつた。
「此所だよ、此所から入れば、家の者に会はなくつて好い、」
 小さな黒い門の扉があつた。男が手を持つて行くと扉は音もなく開いた。
「さあ、お入り、」
 男は先へ入つて扉をおさへて身を片寄せてゐた。門の中は明るかつた。お幸ちやんが中へ入ると男は扉を仮に締めた。
「さあ、此方へお出で、すぐ其所だ、」
 青々した緑の木が左右に生えてゐた。男はその間を先に立つて行つた。十間ばかりも行つたところで障子に電燈の射した縁側があつた。
「さあ、おあがり、此所だ、」
 男はづんづんと縁側へあがつて障子を開けた。お幸ちやんもきまりが悪いが度胸をきめて従いてあがつた
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