ら、何所かの若旦那であろうが、どうも商人の家の方ではない、この附近には沢山お屋敷があるから、そのお屋敷の方だらう、そのお屋敷の方がこんな穢いバーへ来るのは、物好に何か珍しい物でも見物する気で、ゐらつしやるだらう、あんな方には今まで会つたことがない、あんな方が家の兄さんにか弟かにあつたなら、どんなに嬉しいだらう、と、お幸ちやんは、それからそれへと考へを追つて行つた。
黄色な蛾はまだ何所かにひらひらと飛んでゐた。……人間は邪見だとあの方が仰つしやつたが、本当に人間は好い顔をしてゐて、邪見な者ばかりだ、本当にあの方の仰つしやつた通りだ、なる程穢い粉をお皿の中や盃の中へ落すのは困るが、別に悪いことをするのではない、電燈の光を追つて来て、蝶の身になれば嬉しくてたまらないので、人間がダンスでもするやうにやつてゐる所ぢやないか、それをいきなり、扇でなぐり殺さうとしたり、手で掴んで土間へ叩きつけようとしたり、本当に人間ほど邪見なものはない、人間は嫌ひだ、自分も人間を相手にしない蝶や鳥のをるやうな所へ行きたい。
「お幸ちやん、お幸ちやんと云つたね、」
お幸ちやんはびつくりして顔をあげた。綺麗な顔の客
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