の一つになっている水遊びの日がきた。その日、西湖では舟の競争があるので、その見物をかたがけて遊びにくるものが多かった。彭も舟で女を連れて出かけて行った。
 風のない暖かな日であった。前からそろそろと漕いできた一艘の舟があったが、その舟の中から声をかける者があった。
「彭君じゃないか」
 彭は聞き覚えのある声を聞いて顔をあげた。それは銭塘の友人であった。
「やあ」
「君は、いったい何所を歩いてるのだ、君の家から手紙がきたから、僕はこの間中、君の居所を捜していたのだよ」
 その時、舟と舟の小縁《こべり》がくっつくようになって、彭と友人とは手を握れそうになった。
「それはすまなかったね」
「では手紙を渡すよ」
 友人は手にしていた手紙を此方の舟の中へ投げ込んだ。
「ありがとう」
「では明日にでもまた逢おう、やってきたまえ」
「ああ、行くよ」
 舟は見る間に行き過ぎてしまった。彭は急いで手紙を開けて見た。それは母親の病気を知らしてきたものであった。
「母が病気だ」
 彭は母の病気が心配になってきたが、しかし、女と離れるのが苦しいので困って考え込んだ。
「お母さんが御病気なら、お帰りにならなくち
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