た。彭はどんな目にあわされることかと思って生きた心地《きもち》がしなかった。判官はその容《さま》をにくにくしそうに見おろしていたが、何を考えたのか急に眼を瞠《みは》るとともに急いで堂の上からおりてきた。
「貴君《あなた》は私の恩人だ、これはあいすまんことをした弁解《もうしわけ》がない」
判官は急いで彭を縛った縄を解いたが、彭にはその意味が判らなかった。
「私はいつか貴君に助けられた者だ」
彭は女から舅さんは蟹の王であると言われたことを思いだした。彭はふと気が注《つ》いた。彼はある日、友人と二人で南屏《なんびょう》へ遊びに行ったが、帰ってくるとすぐ近くで網を曳いている舟があった。ちょうど網があがったところであったから、どんな魚が捕れるだろうと思って、中腰になって網の中を覗いた。網の中にはおおきな甲羅をした蟹が入っていて、それが紫色の鋏をあげて逃げようとでもするように悶掻《もが》いていた。彼にはこれまで曾《かつ》て一度も見たことのない蟹であった。彼は何かしらそれに神秘を感じたので、放してやろうと思って網舟の傍へ自分の舟を持って行かした。その結果、彭の銭が漁師の手に渡って、漁師の蟹が彭の
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