見ると、直ぐこう云って涙を流した。侍はそれが可哀そうでもあれば、好い気もちでもあった。
「なに、こればかりのことが」
 侍は次の室へ往ってかさかさとさしはじめた。それは茶を沸かして女に勧めるためであった。と、女は其処へやって来て、
「私がいたしましょう」と云って、無理に竈《へっつい》の前に据わって茶の火を焚いた。
 茶が沸くと二人はまた行灯の前に往って坐った。
「こんなことを申しましては相済みませんが、男の一人住みでは、何かにつけて御不自由のようにお見受け申しますが、どうか私を飯焚になりと置いていただくことはできますまいか、先刻《さっき》もお話ししたとおり、私は他に手頼《たよ》る者もございません体でございますから、いずれ奉公なり何なりいたさねばなりませんが、女の独身《ひとりみ》で、彼方此方しておりましては、どんな悪人の手に渡らないとも限りません、それを思いますと、将来《さき》が心細うございます、もし、長いことお世話になることができませんなれば、此処二三日でもお願い申しとうございます」
 侍はもう女に対する執着が湧いていた。女を他へやりたくはなかった。
「それでは将来《さき》の見込が附く
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