まで、此処にいたが宜いだろう」
「では私のお願いをお聞きくださいますか、ありがとうございます」
 女の顔は晴ばれとして、黒い眼をうっとりとさして男の方を見た。侍の眼もうっとりとしていた。
 その夜は朝まで暖かであった。女と枕を並べていた侍は、ふと眼を覚まして見ると、夜が明け放れているので、女を起さないようにそっと一人で起きた。起きる時に見ると、女は蒼白い顔を男の方に向けて、気もちよさそうに眼をつむっていた。
 侍は庖厨《かって》の方へ往って、其処から庭におりて手水《ちょうず》をつかい、それが済むとそのあたりの戸を静に静に開けたが、女は疲れているのか起きて来る容子がなかった。侍はにこにこしながら米を洗って竈《へっつい》にかけ、それに火を焚きつけた。それでも女は起きて来なかった。侍は絶えずにこにこしていた。
 やがて飯もできたが、それでも女が起きて来ないので、どうかしたのではないかと思って、そっと奥の室へ往ってみた。女は枕から頭を落して真蒼な顔を見せていた。侍はびっくりして枕頭へ寄って往って、唐草模様のついた夜具に手をかけて捲ってみた。女の体は無くて首ばかりが寝ていた。首の切口は血みどろに
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