ほかほかしているので、寒さなどは覚えなかった。
「ああ佳《い》い気もちだ、人間どもは、逢《あ》う者も逢う者も、首をすくめ、水洟《みずばな》をたらして、不景気な顔をしているが、ぜんたい、どうしたと云うのだ」
来宮様の眼には、路傍《みちばた》の枯草がみずみずした緑草に見え、黄いろになった木の葉の落ちつくした裸樹《はだかぎ》が花の咲いた木に見えていたのであろう。
「こんな、佳い日に、人間どもは、何をあくせくしているのだ」
来宮様はそうそうろうろうとして歩いた。それを見て土地の者は土地の者で、
「今日も来宮様は佳い気もちになって、歩いてらっしゃるが、此の寒いのに、あんな容《ふう》をして、寒いことはないだろうか」
と云う者もあれば、
「そこが酒だよ、酒をめしあがりゃ、寒いも暑いもないさ。酒は天の美禄《びろく》だと云うじゃねえか」
と云うようなことを云って笑う者もあった。さて来宮様は、土地の人間どもの寒そうな顔をして、あくせくしているのを憐みながら己《じぶん》の住居《すまい》の近くへ帰って来た。其処《そこ》は森の中で、入口には古ぼけた木の華表《とりい》があった。来宮様はその時ひどく眠くなっ
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