な晩であった。観燈の人びとは、面白そうに喋りあったり笑いあったりして、騒ぎながら喬生の前を往来した。その人びとの中には若い女の群もあった。女達は綺麗な燈籠を持っていた。喬生はその燈に映しだされた女の姿や容貌が、自分の女房に似ていでもすると、いきいきとした眼をしたが、すぐ力のない悲しそうな眼になった。
月が傾いて往来の人もとぎれがちになってきた。それでも喬生はぽつねんと立っていた。軽い韈《くつ》の音が耳についた。彼は見るともなしに東の方へ眼をやった。婢《じょちゅう》であろう稚児髷のような髪をした少女に燈籠を持たせて、その後から若い女が歩いてきたが、少女の持っている燈籠の頭には、真紅の色の鮮やかな二つの牡丹《ぼたん》の花の飾がしてあった。彼の眼はその牡丹の花から後ろの女の顔へ行った。女は十七八のしなやかな姿をしていた。彼はうっとりとなっていた。
女は白い歯をちらと見せて喬生の前を通り過ぎた。女は青い上衣を着ていた。喬生は吸い寄せられるようにその後から跟《つ》いて行った。彼の眼の前には女の姿が一ぱいになっていた。彼はすこし歩いたところで、足の遅い女に突きあたりそうになった。で、左斜にそれ
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