「私はなんという不運な男でしょう。」
 主人も王成のために口惜《くやし》がってくれたがどうすることもできない。王成はもう金がなくなってしまったので、故郷へ帰ろうにも帰れない。いっそ死んでしまおうと思いだした。主人は慰めて、
「まァ、そう力を落したものじゃない。またいい事も廻《めぐ》って来る。」
 といって一緒にいって生き残った鶉を見ていたが、
「この鶉は豪《つよ》い奴かもわからないよ。他の鶉の皆死んだのは、それが殺したかもわからない。お前さんは暇なんだから、やってみたらどうだね。もし良い鳥だったら、賭で生計《くらし》がたつよ。」
 といった。王成は主人に教えられたように鶉を馴《な》らした。鶉ははや馴れて来た。そこで主人が持って街頭へ出て、酒や料理を賭けて闘わしてみるとなかなか強いので皆勝った。主人は自分のことのように喜んで、金を王成にやって、またその辺の若いものと賭をやらしたが、三たび賭けて三たび勝った。
 王成は半年ばかりの間に賭で二十金の貯蓄ができたので、心がますます慰められ、鶉を自分の命のように大事にした。その頃|某《なにがし》という鶉の好きな王があって、正月十五日の上元《じょうげん》の節にあうごとに、民間の鶉を飼っている者を呼んで、それを闘わさした。旅館の主人は成に向って、
「お前さんはすぐ大金持ちになれるが、それを取るか取らないかはお前さんの運しだいだ。」
 といって、そこで鶉好きの王の話をして聞かせ、王成を案内して一緒にいったが、みちみち注意して、
「もし負けたならほうほうの体《てい》で帰るばかりさ。もし、万一お前さんの鶉が勝ったなら、王がきっと買うというから、お前さんはすぐ承知しちゃいけないよ。もしたって売れといったら、わっちの首を見るがいいよ。それでわっちの首がうなずいたら、承知をするがいいよ。」
 といった。王成はうなずいた。
「ああ、そうしよう。」
 そこで王の屋敷へいってみると鶉を持った人達が内庭にあふれていた。そして、暫くして王が御殿に出ると近侍《きんじ》の者がいった。
「鶉を闘わせたい願いのある者は、登ってまいれ。」
 すると一人の男が鶉を持って登っていった。王は侍臣《じしん》に命じて自分の飼鳥を放たした。その男もまた自分の飼鳥を放した。その鶉と鶉はちょっと蹴《け》りあったかと思うと、もう男の鶉が負けてしまった。王は心地よさそうに笑った。続いて二、三人登っていったが、皆王の鶉のために負けてしまった。旅館の主人は王成にいった。
「今だ。」
 二人は一緒に登っていった。王は王成の手にした鶉を見て、
「眼に怒脈《どみゃく》があるな、これは強い鳥だ。弱い鳥ではいけない。鉄口を持って来い。」
 といいつけた。侍臣の一人が喙《くちばし》の黒い鶉を持って来て王成の鶉に当らした。二羽の鶉は一、二度蹴りあっただけで王の鶉の羽が痛んでしまった。王は更に他の良いのを選んで当らしたが、それも負けてしまった。王は、
「急いで宮中の玉鶉を持って来い。」
 といいつけた。侍臣が王の命のままに持って来たのは羽の真白な鷺《さぎ》のような鶉で、ただの鳥ではなかった。王成はその鶉を見てしょげてしまい、ひざまずいて罷《や》めさしてくれといった。
「大王の鶉は、神物でございます。私はこの鳥で生計《くらし》たてておりますから、傷でも負うようなことがあっては、たちまち困ってしまいますから。」
 主は笑っていった。
「まァ放してみるがいい。もし鶉が死んでしまったら、その方に十分|償《つぐな》いをしてとらせる。」
 王成はそこで鶉を放した。王の鶉はすぐに王成の鶉に向って飛びかかった。王成の鶉は王の鶉が来ると、鶏の怒ったようなふうで身を伏《ふ》せて待った。王の鶉が強い喙でつッかかって来ると、王成の鶉は鶴の翔《かけ》るようなふうでそれを撃った。進んだり退いたり飛びあがったり飛びおりたり、ものの一時も闘っていたが、王の鶉の方がようやく懈《つか》れて来た。そして、その怒りはますます烈《はげ》しくなり、その闘いもますます急になったが、間もなく雪のような毛がばらばらに落ちて、翅《はね》を垂れて逃げていった。見物していたたくさんの人達は王成の鶉をほめて羨まない者はなかった。
 王はそこで王成の鶉を手に持って、喙《くちばし》より爪先《つまさき》まで精《くわ》しく見てしまって、王成に問うた。
「この鶉は売らないか。」
 王成はここぞと思ったので、
「私は財産がございませんから、この鶉で命をつないでおります。売るのは困ります。」
 といった。すると王がいった。
「たくさん金を取らせる。百金を取らせるがどうじゃ。売りたいとは思わぬか。」
 王成は俯向《うつむ》いて考えてからいった。
「私は、もともと鶉を飼うのが本職でもございませんから、大王がこれをお好みになりますなら
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