か水を飲む処か茶店があるまいかと思って注意して歩いていると、路傍《みちばた》に一軒の出茶屋を見つけた。甚六は好い処があるなと思ったので入って往った。
 見るとその店に冷麦が笊《ざる》に入れてあった。冷麦は好物であった。
「その冷麦を貰いたいな」
「冷麦でございますか、はい、はい」と、茶屋の主翁《ていしゅ》は茶を汲もうとしていたのを廃《よ》して、冷麦をかまえ、それを皿に載せて持って来た。
 甚六は膳の方に体をねじ向けて、冷麦の皿を持って喫《く》おうとかまえると、その皿に激しい刺激が加わって膳の上へ洛ちた。
「や、これは」と、甚六は周章《あわ》てて皿を持ちなおし、再び喫おうとしたが、また叩かれたようになって膳の上に落ちた。
「おかしいなあ」
 甚六は己《じぶん》の手がどうかしているのではないかと思ったので、皿を持つ方の左の手を握ってみたり開いてみたりしたが、べつに手に異常があるとも思えなかった。
「おかしいなあ」
 甚六は今度は皿を持つ方の手にうんと力を入れて、ずっと高く持ちあげて口の縁へ持って往った。そして、一箸口に掻き込もうとするとまた刺激が加わって、皿はつるりとすべって土間の上に落ち
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