のうえは霊験のあらたかな神にすがるより他に途《みち》が無いと思った甚六は、その翌日柳津と云う処へ往って其処の鎮守に祈願を籠め、岩坂と云う処まで帰って来た時には、もう夕方になっていたので、甚六は其処で夕飯をすまして帰るつもりで一軒の旅籠屋を見つけて入って往った。
 そして、暫く待っていると主翁《ていしゅ》が二人分の膳を持って来た。甚六は不審に思って、
「俺は一人じゃ、膳は二ついらないよ」と云うと、主翁は不審そうに室《へや》の内を見廻して、
「今、お前さんの後から、十二三に見える痩せた女の子が入って来て、私《わし》は今の客といっしょじゃと云うて、此処へ入りましたが、それじゃ、今の女の子はどうした者だろう」
 甚六は頭がじゃんと鳴るような気がしたが、それとは口に出して云えないので、
「さあ、どうした者だろう」と、とぼけて云った。
「たしかに入りましたよ、蔦のような紋のついた古い浴衣を着て、髪も結わずに汚らしく垂らしておりました」
 主翁は不審が晴れないので、起って往って障子の外の縁側を見たりした。
 甚六は蒼い顔をして坐っていた。彼は箸をとる気にもなれなかった。そして、恐る恐る背後《うしろ》
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