一緒に歩く亡霊
田中貢太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)数多《たくさん》
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「老媼茶話」には奇怪な話が数多《たくさん》載っている。この話もその一つであるが、奥州の其処《あるところ》に甚六と云う百姓があった。著者はその人となりを放逸邪見類なき者也と云っている。兎に角冷酷無情の男であったらしい。
 その甚六に一人の姉があった。その姉は早く夫に死なれて一人の女《むすめ》を伴れて孀《やもめ》ぐらしをしていたが、これも病気になって秋の陽の入るように寂寞として死んで往った。姉の子はフジと云ってその時十二三歳の小女《こむすめ》であった。フジは他に引とる者がないので、甚六は不承不承に引とったが、今も云ったように冷酷な男であるから、その小女を野良犬か何かが家へ入って来たようにして、酷待《いじ》めて酷待めて酷待めぬいた結局《あげく》、ちょっとした品物が無くなると、これもその所業《しわざ》だと云って、泣き叫ぶ小女を裏の栗の木に縛りつけて飯も与えず、夜になってもかまわずに打ちゃってあった。それは寒い寒い冬の夜のことであった。小女は遅くまで叫んでいたが、その声も何時か弱ってしまってばったりと聞えなくなった。そして、夜が明けて裏へ往って見ると小女は凍えて死んでいた。それでも甚六はさほどに驚かなかった。驚かないのみか却て厄介が無くなったと思って喜んだに違いない。其処で甚六は小女の死骸を野原へ持って往って、捨てるように埋めて来たが、間もなく小女が竊《ぬす》んだと云っていた品物が出て来た。これにはさすがの甚六も気がとがめたであろうと思われる。
 その時はもう年末《くれ》におしつまっていたが、間もなく年が明けて正月の元日が来た。甚六の家では屠蘇を汲み雑煮を祝おうとしたところで、持仏堂の中が怪しい音を立てて鳴りだした。甚六と甚六の女房は驚いてそのほうへ顔をやると、堂の中から何人《たれ》かが投げつけるように位牌や瓦盃《かわらけ》が飛んで来た。
 その時をはじめとして、甚六の家には奇怪なことがありだした。そして、フジの姿が夢とも現《うつつ》ともなく甚六夫婦の目に見えた。これには甚六も恐れをなして、村にいる山伏を頼んで祈祷をしてもらおうとすると、須弥壇が動きだしたり、榊立や山伏の錫杖が何人が投げるともなしに家の外へ飛んででたりするので、山伏も恐れて逃げて往った。
 こ
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